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津地方裁判所 昭和48年(行ウ)8号 判決 1976年4月08日

原告 奥中一治

被告 三重県人事委員会

主文

一  被告が原告に対して昭和四八年九月一八日付でした不服申立却下決定を取消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が原告に対して昭和四八年九月一八日付及び同年一二月七日付でした各不服申立却下決定をいずれも取消す。

2  主文第三項と同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三八年九月一六日三重県知事から同県職員として採用され、久居土木事務所、上野土木事務所、雲出川開発建設事務所、津土木事務所などで勤務した後、昭和四四年六月一六日からは伊賀福祉事務所に勤務していたものであるが、昭和四八年五月三一日付で三重県知事から同県教育委員会へ出向を命ぜられ、同年六月一日付で同委員会から同県県立上野商業高等学校事務職員として採用された。

2  原告は、右三重県知事のした出向命令に不服があつたので、昭和四八年七月二七日、地方公務員法四九条の二第一項により被告に対し行政不服審査法による不服申立をしたところ、被告は、同年九月一八日付で右申立を却下したので、原告は、同年一一月一七日、さらに右却下決定について被告に対し再不服申立をしたところ、被告は、同年一二月七日付で右申立も却下した。

3  しかしながら、原告の右各不服申立は、地方公務員法、行政不服審査法等に基づく適法なものであるから、これを却下した右各決定には瑕疵があるので、これの取消を求める。

(一) 本件出向命令は地方公務員法四九条の二第一項の不利益処分に該当するから、本件各不服申立は適法なものである。

出向に際しては、前の勤務機関の任命権者が出向を命ずる辞令を交付し、それを受けて受入れ機関側の任命権者が当該職に任命するという辞令を交付するのであつて、出向を命ずる機関の任命権者の行為が能動的行為であり、受入れ機関側の任命権者の行為が受動的同意であると考えるべきであり、本件においては地方公務員法四九条二項の不利益処分の説明書を三重県知事が交付していることからしても、出向を命ずる機関の任命権者である三重県知事の行為が主体的なものである。

又、職員の任用に関する規則(昭和三二年一〇月一一日三重県人事委員会規則六―五)七条二項によれば、「任命権者を異にする職員を任用する場合には、当該職員が現に任用されている職の任命権者の同意がなければならない」とされており、出向を命ずる機関の任命権者は、受入れ機関側の任命権者の任用行為について、同意するか否かの決定権を有しているところ、右同意の有無によつて、当該職員の身分変動の効果も左右されるのであるから、右同意に法的効力がないということはできず、右同意が取消されれば、受入れ機関側の任用行為は、当然に効力を失うものである。

従つて、本件における三重県知事の出向命令は、地方公務員法四九条の二第一項の不利益処分にあたるものというべきであり、本件各不服申立は適法なものとして受理されるべきものであるから、これを却下した本件各決定には瑕疵がある。

(二) 仮にそうでないとしても、本件不服申立は行政不服審査法五七条、五八条の趣旨により適法として受理されるべきである。

(1) 任命権者である三重県知事は、出向辞令を交付する際には、行政不服審査法五七条による教示義務があるのにもかかわらず、なんらの教示をしていない。

従つて、同法五八条に照らせば、三重県知事を相手方とする不服申立は、適法なものとして受理されるべきであるから、これを却下した本件各決定には瑕疵がある。

(2) 仮りに、出向における任命権者が三重県教育委員会であるとしても、同委員会は、原告に採用通知を交付するに際して、なんらの教示もしていない。

従つて、同法五八条の趣旨に照らせば、三重県知事を相手方とする不服申立は、教育委員会を相手方とする適法なものとして受理されて然るべきであるから、これを却下した本件各決定には瑕疵がある。

(三) 仮にそうでないとしても、補正を命じないでした本件却下決定は違法である。

(1) 前記のとおり、三重県知事も三重県教育委員会も、不服申立についてなんらの教示をしなかつたので、原告は、被告人事委員会に対して、出向命令に不服があるから、どのような手続を取ればよいか教えを請うたところ、三重県知事を相手に不服の申立をすべきであること、そのためには、知事に対し処分の事由を記載した説明書の交付を請求し、その交付を受ける必要があること及び不服申立期間等を教えてくれた。

そこで、原告は、三重県知事に請求して処分の事由を記載した説明書の交付を受けた後、右説明書を持参して被告に再度不服申立の手続を尋ねたうえ、本件不服申立をしたところ、被告は、補正命令もなさず、突然、右不服申立を却下した。

(2) ところで、行政処分に対する不服申立は、本来行政機関内部で自主的に解決すべきものであり、とりわけ、被告人事委員会は、地方公務員についての公正な人事行政を保障する中立公正な第三者機関で、地方公務員の蒙つた人事行政上の不利益処分を救済するという職務を有し、地方公務員のなす不服申立に対して妥当な解決を図るべく、これに努力すべき職責を有しているところ、本件不服申立期間は六〇日という短期間で、いつたん却下されれば再度の不服申立をする余地はなく、原告は、不服申立の内容の当否についての審査を受けえないまま、本件出向処分を甘受しなければならなくなるのであり、前記のとおり、本件出向処分を争うには、知事のした出向命令をとらえるべきか、教育委員会のした任用行為をとらえるべきかは明確でなく、この点に関する教示もなかつたうえ、被告から知事を相手方とすべきであるとの指導を受けて本件不服申立に至つたのであるから、被告としては、原告との不服申立の趣旨に則り、補正を命ずべきであつた。

(3) そうすると、本件却下決定は、補正命令をすべき場合にこれをしないで安易に却下された点において、不利益処分についての不服申立に関する規則(昭和二六年八月一〇日三重県人事委員会規則一一―一)六条一項、二項、三項等の規定の趣旨に沿わない瑕疵がある。

4  又、原処分たる出向命令には、次のような瑕疵があるから、これを看過してなされた右各却下決定は違法であり、これの取消を求める。

(一) 不当労働行為である。

原告は、昭和三八年三重県職員として採用されて以来、三重県職員労働組合(以下県職労という。)の組合員として活動に参加し、同四一年からは県職労一志支部雲出川開発事務所分会長、同支部青年部常任委員、同副部長を歴任し、同四三年には県職労青年部副部長、同四五年より四六年まで同部長をつとめ、その後県職労伊賀支部執行委員となり、活発に組合活動をしてきた。

本件出向命令にかかる今回の異動は、原告を含め、同伊賀支部執行委員八名中四名が異動にかかり、同支部の組織に大きな打撃を与えるもので、明らかに組織破壊を意図したものであり、又、本件出向命令によつて原告がこれまでの活動を通じて築いてきた組合内での信頼関係を破壊し、組合員としての権利、執行委員としての資格、地位をも奪い、日常の組合活動を継続不能とするもので、明白な不当労働行為である。

(二) 不利益処分で権利の濫用である。

原告は、職場並びに主管課の上司の勧めにより、二万七、五〇〇円の公費とあわせて、それと同額程度の私費をかけ、多忙な職務の遂行と平行して家庭的、肉体的、精神的な負担に耐えて、一年がかりで社会福祉主事の資格を取得した。

右は、知事の事務の執行を補助するのは社会福祉主事であるという法に基づき、職務の必要性から取得したものであるが、同時に原告のこの仕事に対する意欲と情熱、強い希望によるものである。

本件出向命令は、職場や主管課の意向や原告の希望を無視した、不合理、非能率なものであり、又、知事部局から教育委員会へという任命権者の交替は、勤務時間の変更、共済組合、互助会員の身分変更等をもたらし、労働条件及び身分保障に重大な変更と不利益をきたすものであり、本人の同意がない以上、このような不合理、非能率、不利益な処分は、違法、不当で、権利の濫用であるというべきである。

(三) 労使慣行無視である。

これまでの労使慣行によれば、異動は、公正を期し、本人の意思と条件を尊重するため、あらかじめ各人より提出させた異動希望調書を参考に原案が作られ、一週間前に本人に内示し、本人の意思を確認のうえ発令がなされていた。

今回の異動に際しては、原告は、異動希望調書においても、昭和四八年五月二五日の内示時においても、伊賀福祉事務所における勤務を希望しており、所属長には今回の異動に異議がある旨訴えたが、右異議は、所属長に握りつぶされ、主管課及び人事当局にまで到達せず、結局異議がないものとして手続が進められてしまい、異動の変更、取消の時期を失してしまつた。

右は、労使慣行無視で違法である。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は、昭和四八年一一月一七日付の再不服申立を同年一二月七日却下したとの点を否認し、その余を認める。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

三  被告の主張

1  本件出向命令は地方公務員法四九条の二第一項の不利益処分にあたらない。

出向とは、同一地方公共団体の機関相互間の職員の交流に際して行われる人事異動の発令形式であつて、現に、ある機関の職員である者を任命権者の異なる他の機関の職員に異動させることであり、前の勤務機関の任命権者の同意と出向先の機関の任命権者の任用行為があつてその効果の発生するものであるところ、出向命令とは前の勤務機関の任命権者が出向先の機関の任用行為に同意を与えたことを当該職員に通知する行為にすぎず、それ自体としては異動につき直接の法的効力を生ぜしめるものではなく、当該職員の法的地位に直接の変動をもたらすものではないから、地方公務員法四九条の二第一項所定の不利益処分にあたらない。

従つて、被告は、前記不利益処分についての不服申立に関する規則六条一項に基づき原告の申立を不適法として却下したものであり、被告のした右処分は適法なものである。

2  教示義務違反の点について

教示をしなかつたとの点は、原処分庁に関することであり、被告のした本件却下決定の適法、違法の点とは無関係である。

3  補正を命じなかつたとの点について

前記不利益処分についての不服申立に関する規則六条二項で補正を命じることができるとされているのは、形式的要件に欠ける場合等、同条一項に規定する人事委員会が受理又は却下の決定をすることが不可能な場合を指すものというべきところ、本件不服申立は、三重県知事を相手方とする、同知事のした出向命令に対するものであり、その限りでは補正を命ずべき不備の点はなく、右不服申立の内容を教育委員会を相手方とする、同委員会のした任用行為に対する不服申立に変更させることは、補正の範ちゆうを逸脱するもので、被告に右の点の変更を命ずべき義務はない。また、右規定は裁量規定であつて、これをしなかつたとしても却下処分が無効となるというものではない。

4  請求原因4に対して

本件却下決定に対しては、本決定固有の違法を主張しうるのみで、原処分たる出向命令の違法を主張することは許されない(行政事件訴訟法一〇条)から、原告の右主張は本件訴訟の審理の対象とはならない。

四  原告の反論

被告の主張四に対して

行政事件訴訟法一〇条二項の裁決の取消の訴の対象となるべき裁決は、処分についての審査請求を棄却した裁決、即ち、本案について判断して原処分を正当として維持したものを意味するのであり、本件却下決定のような、本案についてなんら判断していない却下裁決の場合は、右法条に該当しない。

第三証拠<省略>

理由

第一被告のした昭和四八年九月一八日付却下決定について

一  原告が昭和三八年九月一六日三重県知事から同県職員として採用され、主張の土木事務所などの勤務を経て、昭和四四年六月一六日から伊賀福祉事務所に勤務していたところ、昭和四八年五月三一日付で三重県知事から同県教育委員会へ出向を命ぜられ、同年六月一日付で同委員会から同県県立上野商業高等学校事務職員として採用されたこと、右出向命令について原告が昭和四八年七月二七日、地方公務員法四九条の二第一項により被告に対し行政不服審査法による不服申立をしたところ、被告が同年九月一八日付で右申立を却下したことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第一、第二号証によると、右争いのない出向の方法として、三重県知事は原告に対し昭和四八年五月三一日付をもつて人事異動通知書という表題のもとに三重県教育委員会へ出向させる旨の通知書を発し、同じく右争いのない採用の方法として、三重県教育委員会は原告に対し同年六月一日付をもつて人事異動通知書という表題のもとに三重県立上野商業高等学校事務職員に採用する旨の通知書を発したことが認められる。

二  被告のした前記却下決定の適否について

1  三重県知事のした出向命令は地方公務員法四九条の二第一項の不利益処分に該当するか否かについて

地方公務員法一七条は、任命の方法として、職員の職に欠員を生じた場合においては、採用、昇任、降任又は転任のいずれか一の方法により職員を任命することができる旨規定し、同法を受けた職員の任用に関する規則(昭和三二年一〇月一一日三重県人事委員会規則六―五、成立に争いのない乙第二号証の二)六条は、採用、昇任、降任、転任についての定義を置き、同規則七条一項は、任命の方法として採用、昇任、降任、転任を、同条二項は、任命権者を異にする職員を任用する場合においては、当該職員が、現に任用されている職の任命権者の同意がなければならないと規定して、任命権者の異る職員の人事異動が、任命の方法として許容されることを前提とする規定を置き、職員任免事務取扱規程(昭和四〇年四月三〇日三重県訓令第七号、成立に争いのない乙第二号証の三)二条は、その(七)において、出向を、現に職員である者を県の機関で任命権者の異なる機関の職員に異動させることと定義しているのであつて、出向は、任命の一方法として許容されるべきものであり、その内容に応じて前記昇任 降任、転任のいずれかに該当するものと解される。

しかして、前記認定の発令の形式からすると、出向命令それ自体は独立して完結する任用行為ではなく、受入れ機関側の任命権者の発令があつて始めて完結する任用行為であるということができ、しかも、特別の規定のない限り、任命権者の権限は、その部内の機関に属する職に限られる(地方公務員法六条一項)から、当該職員が受入れ機関側に属する職へ任用されるという法律効果は、受入れ機関側の任命権者の行為によつてもたらされるものであり、前の勤務機関の任命権者は、右法律効果を直接発生せしめる行為をなしえないものと考えられる。

そうすると、前の勤務機関の任命権者のする出向命令は、前記受入れ機関側の任命権者のする任用行為に対して前の勤務機関の任命権者の同意が必要となることに鑑み、前の勤務機関の任命権者が受入れ機関側の任命権者に対して右同意を与えた事実を当該職員に通知する意味を持つにすぎないもので、当該職員に対して直接の法的効果を生ぜしめるものではないと考えるべきである。

ところで地方公務員法四九条の二第一項の不利益処分といいうるためには、当該職員に対して直接の法的効果を生ぜしめる処分でなければならないところ、前記のとおり、出向命令は直接の法的効果を生ぜしめる処分ではないから、右にいわゆる不利益処分にあたらないものというべきである。

なお、出向において、前の勤務機関の任命権者のした同意に瑕疵があると思料する当該職員は、受入れ機関側の任命権者のする任用行為があつた後に、右任用行為が不利益性を有する限り、右同意に瑕疵のあることを主張し、右任用行為を対象として、地方公務員法四九条の二による不服申立、さらには行政訴訟をなしうるものと解すべきであり(前記職員の任用に関する規則七条二項参照)、そして、右手続により右任用行為が取消されたときには、当該職員の前の勤務機関における従前の地位が当然に復活するものと解される。

以上のとおりであつて、本件出向命令は地方公務員法四九条の二第一項の不利益処分に該らないから、本件不服申立が適法である旨の原告主張は理由がない。

2  本件不服申立は、行政不服審査法五七条、五八条の趣旨により適法として受理されるべきか否かについて

行政不服審査法五八条は、行政処分をする行政庁(以下原処分庁という)が不服申立をすべき行政庁(以下不服申立庁)等を教示しなかつた場合に、当該処分について不服があるが、不服申立庁を知りえないという者を救済するため、とりあえず原処分庁に不服申立書を提出させ、これをもつて適式の不服申立と取り扱う旨の規定である。

前顕甲第一、第二号証、成立に争いのない甲第四号証、原告本人尋問の結果によれば、三重県知事が本件出向通知書を、三重県教育委員会が本件採用通知書をそれぞれ原告に発するにつき、いずれも不服申立の可否等につき教示をしていないことが認められるが、前記のとおり、原告は、正規の不服申立庁である被告人事委員会に不服申立をしているのである(地方公務員法四九条の二第一項)。

そうすると、不服申立庁が不明のため原処分庁に不服申立をした場合でないから、行政不服審査法五八条の規定を適用する余地はなく、この点についての原告の主張は理由がない。

3  補正を命じないでした本件却下決定は違法であるか否かについて

本件において、原告は、昭和四八年五月三一日付で三重県知事から同県教育委員会へ出向を命ぜられ、同年六月一日付で同委員会から三重県立上野商業高等学校事務職員として採用されたのであるが、前掲甲第一、第二号証、第四号証、成立に争いのない甲第三号証、第五号証、第六号証の一、第九号証、証人藤井昇の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和三八年三重県職員として採用されて以来県職労に加入し、支部執行委員、青年部部長などを経て、伊賀福祉事務所在任中の昭和四六年には伊賀支部執行委員となつており、又同事務所在任中の昭和四七年三月一一日に社会福祉主事の資格を取得していたところ、前記の出向により、かねて希望していた社会福祉主事の仕事が実現したのに、これができなくなり、又右事務所における組合活動がかなりの打撃を受けるなどの不服を抱いたが、三重県知事も教育委員会も不服申立につきなんらの教示もしなかつたので、不服申立の方法を指導してもらうべく、教育委員会から辞令交付を受けた日の翌日である昭和四八年六月二日及び同月四日、被告人事委員会へおもむき、応待した同委員会事務局総務課審査係長藤井昇に、右出向に関するいきさつ、不服の点等を説明して、右異動に対する当面の身の処し方、不服申立手続等について指導を求め、同人から法規集等を示されて指導を受け、右示唆を受けて、同日三重県知事に対し、地方公務員法四九条二項に基づく説明書の交付方を請求し、同月一五日付で三重県知事から説明書の交付を受けた後、翌七月二七日付で、被告人事委員会に対し、不当労働行為、権利の濫用、労使慣行無視等の違法の事由があることを理由として本件不服申立をしたこと、右藤井は、原告に対する右指導のいきさつを宇田次長に報告し、事務局長は、原告の不服申立に関する資料を被告人事委員会に提出するとともに、人事委員の合議の席に列席して事務局の意見を具申し、人事委員会は、人事院に照会して取寄せた同院の出向についての法律的見解を参考に、事務局から提供された資料、報告に基づき検討を加え、本件不服申立が三重県知事のした出向命令に対する不服申立であると把握したうえ、右出向命令は、法的効力を生じないとの前記1で説示したと同趣旨の理由で右不服申立を却下した(却下したとの点は前説示のとおり当事者間に争いがない。)ことが認められる。

ところで、前記1において説示したとおり、出向において、前の勤務機関の任命権者のした同意に瑕疵があると思料する当該職員は、受入れ機関側の任命権者のする任用行為があつた後に、右任用行為が不利益性を有する限り、右同意に瑕疵のあることを主張し、右任用行為を対象として、地方公務員法四九条の二による不服申立をすることができるのであるから、原告の不服申立を三重県知事のした出向命令に対してなされたものと把握する限り、その不服申立は前説示したような理由で許されないが、これを、三重県知事のした同意に瑕疵があることを不服申立の事由として、教育委員会の任用行為に対してなされたものと把握すれば、適法なものとして許されることになるのである。

さて、前掲甲第五号証によれば、本件不服申立書には処分を行つた者として「三重県知事田川亮三」と、又、処分の内容として「人事異動(出向人事による不当配転)」と、処分を受けた年月日として「昭和四八年五月三一日」と各記載されていることが認められることからすると、不服申立書の形式上からは、本件不服申立は三重県知事のした出向命令に対するものと把握しうるが如きであるが、前記説示したところからすると、原告は、三重県知事が教育委員会の任命行為に同意を与えたことが不当労働行為や権利濫用等に該当するとして本件人事異動そのものに不服があるものと理解することができ、このような観点から右不服申立書の記載をみれば、処分をした者として「三重県知事田川亮三」と、処分を受けた年月日として「昭和四八年五月三一日」と各記載されているのは、後述するとおりのやむを得ない事情に基づく誤記であつて、右は、右不服申立書の処分の事由と記載とあわせ考えれば、知事のした同意の瑕疵を不服申立の事由とすることを表示しているものと解釈することができ、処分の内容として「人事異動(出向人事による不当配転)」と記載されていることは、知事の同意と教育委員会の任用行為との両者から構成される本件出向人事そのものを対象として不服申立をしているものと解釈することができ、以上を要するに、本件不服申立書は、知事のした同意に不当労働行為や権利濫用に該当する瑕疵があるとして教育委員会のした任用行為を対象に不服申立をしたものと解釈することができるものというべきである。

ひるがえつて、被告人事委員会の職責を考えると 同委員会は、地方公務員についての公正な人事行政を保障する中立公正な第三者機関で、地方公務員の蒙つた人事行政上の不利益を救済する職務を有しており(地方公務員法八条参照)、又、地方公務員が争議行為を禁止されていることの代償措置として、その勤務条件、労働条件の改善に実効ある努力をしなければならない職責を有しているものというべきである。

そして、前掲甲第一号証によれば、三重県知事のした本件出向命令は、前記のとおり「人事異動通知書」という表題のもとに、異動内容として「三重県教育委員会へ出向させる」という記載があり、任命権者として「三重県知事田川亮三」の記名 押印があるものであることが認められ、右のような通知書を一見すれば、一般の地方公務員が右通知によつて人事異動(出向)の効力が生じるものと考えることも、又やむを得ないものと考えられ、前記認定事実からすると、被告人事委員会事務局の職員でさえもそのような理解に基づき原告に一定の指導をしたものと推認でき、さらに、前記認定のとおり、原告は、被告人事委員会事務局職員の示唆を受けて三重県知事に地方公務員法四九条二項の説明書を請求してこれの交付を得ているのであるから、右出向命令そのものに対して地方公務員法四九条の二の不服申立をなしうるものと考えるに至ることは無理からぬことであるといわねばならず、被告人事委員会が、事務局から提出された資料、報告により、右のような事情について了知していたか少なくとも了知しうべき状態にあつたことは、前記認定事実より推認しうるところであるところ、教育委員会の採用については、それが原告に通知された昭和四八年六月一日(前記認定のとおり)から六〇日の経過をもつて不服申立期間を従過するのであつて、本件却下決定のなされた同年九月一八日の時点で新たに不服申立をしても 期間従過による不適法なものとなるのほかなく、かくては、原告の不服申立の道は閉ざされ、権利救済の方法も絶たれることになる(なお、前記不利益処分についての不服申立に関する規則一四条以下で再審の請求が認められているが、その要件は厳格で再審の許容される範囲は狭い。)のであるから、被告人事委員会は、前記のような職責に鑑み、本件不服申立書に示された原告の不服申立の真意は、前記のとおり実質的には配転にすぎない本件人事異動そのものにあるものと理解したうえで、これを教育委員会の前記任用行為に対するものと把握し、このような観点から、本件不服申立を知事のした同意に瑕疵のあることを理由とする教育委員会の任用行為に対するものと解釈してこれを適法なものとして受理すべきであつた。そして、右のような解釈に立つて、前記不利益処分についての不服申立に関する規則六条二項に従い、本件不服申立書の処分を行つた者及び処分を受けた年月日の各記載は、同規則六条二項但書にいうところの「軽微な不備であつて内容に影響がないもの」として職権をもつて、あるいは同項本文により原告に命じて、処分を行つた者を「三重県教育委員会」と、処分を受けた年月日を「昭和四八年六月一日」と、各補正し、又は補正させるべきであつたものと解するのが相当である。

そうすると、本件昭和四八年九月一八日付却下決定には、本件不服申立に関する原告の意思表示の解釈を誤り、形式的な不備を補正し、又は補正を命じなかつた点において瑕疵があるものというべきであり、右却下決定はこの点において取消を免れない。

第二被告のした昭和四八年一二月七日付却下決定について

一  前説示の如く、原告の昭和四八年七月二七日付の不服申立は、同年九月一八日付で却下され、その後、原告が同年一一月一七日付で右却下決定に対し再不服申立をしたことは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第七号証、第八号証の一、二によれば、被告は昭和四八年一二月七日付で右再不服申立を却下したことが認められる。

ところで、右再不服申立がいかなる不服申立であるかは必ずしも明確ではないが、前記昭和四八年七月二七日付の不服申立が地方公務員法四九条の二所定の審査請求であり、同年九月一八日付の被告の却下決定がこれに対する裁決であると解せられるから、右却下決定については、前記不利益処分についての不服申立に関する規則一四条以下に規定された再審の請求以外には被告に不服申立をする余地はないものと解すべきであり、従つて、本件再不服申立は、右再審の請求に該当しない限り不適法なものというべきところ、本件再不服申立(前掲甲第七号証)には前記規則一四条一項各号所定の再審事由に該当する事実の記載が認められないから、本件再不服申立は不適法なものであり、これを却下した前記同年一二月七日付の決定は適法である。

第三結論

以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求のうち、被告のした昭和四八年九月一八日付の却下決定の取消を求める部分は理由があるからこれを認容し、同年一二月七日付の却下決定の取消を求める部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九二条但書、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 白川芳澄 林輝 若林諒)

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